葛藤を越えて 2

J.クリシュナムルティの質問にまた戻ります。
☆葛藤を徐々にではなく、たちどころに終わらせる道、としての知覚・行為があるかどうか……一緒に見出してみましょう。

それってあるのか? 無いのか? どうすれば良いのか?
と結論ばかり求め 続ける私に J.クリシュナムルティは
いつも話し手と聴き手を同列において一緒に見出そうと言い続けます。
  
今迄ずーっと私は
「J.K 一緒にいるけど解らないんです!教えてください?」
「だからどうすればいいのよJ.K?」
と読むたび思いました。
答えが文の中にあれば試しにやってみるのに…。
「何が答えなの?」
「質問に質問で返すのずるくないのJ.K?」

「答えは何処にあるの?」
「 書いて無いの?」
「起承転結 でお願いしますJ.K」
とか 言いながら読んでました。
実は問いかけしか無い。
たとえ見つけたとしても 多分葛藤は続く、そしてまた結論を求める。
そうやって私は脳の葛藤のプログラムにはまってしまっていました。

7歳以前の私達の 脳はシーター波 なので、ジャッジせず そのまま感じたままの全てを吸収していました。
そして7歳ぐらいかしら?
なんで どうして病になる。
脳波は大人と同じになってくる。
そうすると
「どうしてママどうして?」 「なんでなの?」
がはじまります。
それは価値観 の刷り込みの始まりでもあります。

私達それぞれの中に既にある何かに、問いかけることこそ、そこにたちどころに行く道。
結果を求めるのではなくそれぞれの中ある、道なき道 を行く、その過程を続ける一瞬一瞬そこに行ける。真実の 自己になる場所へ。
自由で真実な自己になる。
未来のいつかではなく、瞬時に変容する力をそれぞれがそのうちに持っている。そこへ問いかける事こそ彼の全てでした。問い続けることこそ J.Kの行動でした。
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私の描いた JK 
チャネリングアートです。


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